コーディネーター座談会 前編(2018年12月)

演奏会をサポートするコーディネーターという立場。3名のコーディネーターが語るパフォーマンスバンクへの想い。本音をぶつけ合う座談会をお届けします。

パフォーマンスバンク歴

木村 1年6カ月

田中 1年6カ月

S 7カ月

音楽との出会い

司会 まず初めに、皆さんの音楽との出会いについて教えてください。

木村 幼稚園に入るときにお母さんが「女の子にはピアノを習わせたい」と言っていたことがきっかけでピアノを始めました。でも「練習しなさい」と強く言われるのが嫌でピアノはあまり真面目にやっていなくて、嫌になるときもありました。それでもずっと続けていましたが、中一で一旦ピアノ教室は辞めました。小3の時に吹奏楽のドキュメンタリーを見て、「フルートかっこいい!」って思ったのがきっかけで中学生になったらフルートをやりたいと思っていたんですけど、小学生の時にブラスバンドができて、4年生の終わりに入ることができたのでそこでコルネットを始めました。そこからずっと金管楽器をやっています。

田中 自分もブラスバンドをやっていたんですけど……

司会 やっぱり小学校の時からですか?

田中 小4から始めました。でも自分の中でブラスバンドはそんなに本格的ではなかったです。幼稚園の頃は親の影響でヤマハ音楽教室に通っていて、そこでエレクトーンとかピアノをやったり、音楽に合わせて踊ったりしていました。割と楽しみながらやっていた感じです。小学校に入学するタイミングで「もっと本格的にピアノをやりたい」と思ってヤマハを辞めて、ピアノ教室に通い始めました。中学生くらいまではその教室に通っていましたが、違う先生にうつって今もずっとその先生に習っています。

司会 すごい。今の先生に習ってもう何年目ですか?

田中 中三からなので6年目です。長い付き合いです。吹奏楽部をやっていたのは小4からで、自分もずっとコルネットをやっていました。中学校でも高校でも続けて、高3で引退するまでやっていました。

司会 トランペットとかじゃなくてコルネットをずっとやっていたんですか?

田中 ずっとコルネットでした。

司会 えーー! 珍しくないですか? コルネットって。私の学校ではコルネット担当はいなかったです。コルネットはトランペット担当の人がたまに吹いていたイメージです。

田中 あっ、トランペットやってた。

一同 

司会 今の話の流れだと、コルネット専属でずっとやってたみたいな感じになってましたよ(笑) すごく珍しいなと思ったんですけど……

田中 そうそう、思い出した。小学校の時だけコルネットだった。まだ体が小さくて持てなかったから。ちょっと吹奏楽部の記憶があやふや(笑)中学からはトランペットだったけど、トランペットは今は全然やってない。あとは、高校の時にバンドを始めてキーボードもちょっとやってました。鍵盤楽器が好きなんです。

S 私は3歳の時にリトミックに通ってて、8分音符で走るとか、さっき田中さんがおっしゃってたような音楽に合わせて体を動かすようなことを習っていました。それからは、4歳から小学校までピアノをやったり、小1から小6までは和太鼓をやったり、小4から小6までは金管バンドでトロンボーンを吹いて、中学はクラリネットとバスクラリネット、高校はチューバでした。

一同 すごい!!!ものすごく色々なことをやってるんですね。

S まとまりはないんですけどね。大学に入るまでは、何かしら音楽とは関わってきていました。

司会 中学でクラリネットをやって、高校でチューバに楽器を変更するのは珍しいと思うのですが、チューバに興味があったんですか?

S 中学の時は、クラリネットの音を初めて聴いた時に「音が素敵だな」と思って始めたんですけど、高校の時は人が足りなかったため、約2年間チューバをやっていました。中学の時にバスクラで低音楽器をやっていたので、その影響もあったと思います。

司会 チューバとバスクラって全然違うのに! 大変でしたね。

 

パフォーマンスバンクに入ったきっかけ

司会 パフォーマンスバンクに入ったきっかけを教えてください。

木村 私の場合はちょっと特殊で、教職の介護体験で特別支援学校にいった時に、音楽の授業があったんです。その授業を見ていたら、言葉がわからない子も本当に楽しそうにしていて。そのことを高校の吹奏楽部の顧問に話した時に、パフォーマンスバンクのことを教えてもらったんです。

司会 そうなんですか!

木村 なんで教えてもらえたかっていうと、顧問が飯島さんと鈴木さんの親友だったんです。

司会 そんなつながりがあったんですね。

木村 その場で顧問が飯島さんに電話して、その時は飯島さんは出れなかったんですけど、後日顧問から「パフォーマンスバンクはこういう団体だよー」っていうLINEがきて、そこから応募しました。

司会 結構運命的な出会いですよね。

木村 そうですね、顧問に話してなかったら多分知らなかったと思います。

司会 続いて、田中さんお願いします。

田中 自分はそんな運命的な出会いではなくて……

司会 普通はそうなので大丈夫ですよ(笑)

田中 「actibo」っていうボランティアアプリで検索してパフォーマンスバンクを見つけました。大学1・2年の頃にバンドをやっていたんですけど、バンド活動があんまり楽しくなくなってきてて。音が大きいのが苦手なんです。

司会 ボンボン鳴ってますもんね。

田中 そう、ボンボン鳴ってて。ライブとかやると本当にスピーカーの音がうるさいの。将来耳が悪くなっちゃうんじゃないかなって老後が心配になって。

一同 早い!(笑)

田中 それでバンドを辞めようと思い始めていた時だったんだけど、自分の大学の音楽系のサークルはオーケストラかバンドしかないんです。自分はピアノを習っているので、ピアノサークルがあればと思っていたのですがなかったので、一応オーケストラのピアノ要員があるか見に行って。でも、あまりしっくりこなくて。ピアノも足りているっぽかったので、外部でサークルに入れればいいなと思ってボランティアサークルを探していた時に、パフォーマンスバンクを見つけました。新しいことを始めてみたいと思っていたのと、インカレも楽しそうだなと思っていたこともあって、他の大学の人と関われるのも魅力的に感じました。それで入ることを決めました。

司会 確かに、ここは音大の人も多いので、普段関われない人と関われるのは新鮮ですよね。

S 私は今まで音楽をずっとやっていたので、大学に入っても続けたいなとずっと思っていたんですけど、私の通っている大学のキャンパスに音楽サークルがなかったんです。それで音楽を続けるのは難しそうに思ったんですけど、やっぱりやりたくて。大学1年の時に、ネットで「音楽 ボランティア」で検索したら一番上にパフォーマンスバンクが出てきたので見てみたんですけど、もう応募フォームが見つからなくて、募集が終了してたんです。だから1年の時悔しくて。

田中 そんなに前から考えていたんだ。

 大学2年になったので、もう一回調べてみたらちょうど募集期間だったので応募しました。

司会 タイミングってあるんですね。

木村 一回私達で切られたんだよね。

田中 そう。

木村 私たちが入った時にもう年内はとりませんってなっていて、その時にたぶん見たんじゃないですかね。

 ちょうど、そうだったんですね。

 

入る前から入った後のイメージの変化

司会 イメージの変化は何かありますか?

木村 変わらないところはありますね。やっぱり「良い所」だなっていう。まだ1年半しかいないですけど、1年半いても大事なところは変わらないなって思います。変わったことは、人数がめちゃくちゃ増えたことですかね。後は、自分がちょっと人見知りっていうのもあるんですけど、メンバーとしゃべりやすくなりました。オープンな人が多いので、割と自分がオープンになるようになったっていう自分の変化もあります。パフォーマンスバンク自体は良い意味で変わってないと思います。でも私は良い意味で変わりました。

司会 良いまとめ方ですね。

一同 

司会 田中さんはどうですか。

田中 イメージというよりは自分自身の変化になっちゃうんですけど、パフォーマンスバンクに入る前は演奏するのが本当に楽しいとしか考えてなくて、演奏をサポートするみたいなことに入る前はやりがいを見出せていなかったんです。入る時も、こんなこと言っていいのか分からないんだけど、活動自体がやりたいからというよりは、音楽の演奏がもしかしたらできるかなと思って。自分がずっと続けてきた音楽をここに入れば続けられるんじゃないかなというイメージで入ったんですけど、変わったことといえばここに入って活動していくうちに、結構活動にやりがいを感じられるようになったことですかね。演奏するだけじゃなくて演奏者を応援したいっていう気持ちが強くなりました。演奏する立場からPBとしての立場になって、演奏者を育てていきたいっていう気持ちが生まれてます。そういう変化はありました。

S 私は入る前と入った後のイメージは全然違っていて。まず入って初めて全体会に参加した時に、全く知らない人たちとお話をするっていう状況にあまり遭遇したことがなかったんですけど、皆さんすごい色々お話されるじゃないですか。私もあまり人と話をすることが得意なほうではないので、自分が知らない方々と一緒にいるっていう空間にすごい不思議さを最初に覚えました。それと、パフォーマンスバンクではワークショップとかもやっていて、そういう面があるっていうのは想定していませんでした。就活支援をしてたりもするじゃないですか。そういう面は入ってから知って、自分の将来についてコーディネート以外でも色々なことを学べる場所だなっていう風に感じています。田中さんがおっしゃってたように、私も今までは自分が演奏していて、自分の中で楽しいっていう気持ちしか感じたことがなかったんですけど、コーディネートを通じて、演奏者さんが、お客さんが喜んでいるところをみて嬉しそうにしているのをみると、また違った音楽の可能性を感じられるようになりました。

 

パフォーマンスバンクに入ったことで普段の生活に影響はあったか

木村 入る前より、計画的にできるようになった! タスクがあるので。この日にこれをやって、この日にこれをやろうみたいなことを前よりは考えるようになりました。あとは、曲とかをちょっと聴くようになりました。クラシックもそうですし、コーディネートで自分も歌ったほうが良い曲、例えば老人ホームで「川の流れのように」とか「リンゴの唄」とかをやるときには曲の感じをつかむために、聴くようになりました。

田中 バンドをやっていたときはちょっと気疲れみたいなものを感じることがあったんですけど、ここなら自分の好きなことができるじゃないですか。普段の生活でも、やりたいことをするようになりました。

司会 どんなことをするようになったんですか?

田中 色々なことに挑戦するようになりました。パフォーマンスバンクに応募したことをきっかけに、ちょっと新しいことに挑戦することへのハードルが下がったというか。もともと新しいことに挑戦するのに時間がかかるほうだったんですけど、割とポーンといけるようになりました。

司会 大きな変化ですね。性格が変わったっていうことですもんね。

田中 慎重になりつつも、まずはやってみようっていう精神を持てるようになりました。

司会 こういう団体に入るのには結構勇気がいりますもんね。

田中 ちょっと緊張した(笑)面接とかもあって。

一同 面接緊張した~

S 私は音楽とは関係ないんですけど、メールを書くじゃないですか。書くに当たって敬語がちょっとできないなって思って、敬語を調べるようになりました。

一同 分かる!!

S 普段使っている言葉とビジネスメールの言葉遣いって違うじゃないですか。言いたい言葉と敬語をセットで検索してどう言えばいいのかなって調べてます。入る前よりはメールが書けるようになったかなって思います。

 

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コーディネーター座談会 後編(2018年12月)

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